世田谷線という、三軒茶屋と下高井戸とを繋ぐ二両編成の可愛い電車です。
線路沿いの道には踏切の見える場所があってボクはちょうどそこを歩いています。
すると『カン、カン、カン』と遮断機の降りる音と、『ガタンゴトン』という電車が近づいてくる音が聞こえました。
ボクのいる所から駅までは30メートルくらい、走れば間に合いそうです。
だけど問題がありました。
狭い歩道の先にはおばあちゃんがゆっくりボクと同じ方向に歩いていて、さらにその後ろからはお巡りさんが自転車に乗って向かってきていました。
悪い事は何もしていませんが、走ったら良くない事が起こりそうな未来がその組み合わせから予想できました。
だけど今日はたまたま薄着で家を出てしまい、この電車を逃すと10分くらい駅のホームで真冬の寒さに堪えなければなりません。
……勝負です。
サヨウナラ。
さっきまでの弱気なボク。
ここにシュガーボーイはもういねぇ…
いるのは血に餓えた一匹の狼だ!
両手をジャケットに突っ込んで、自慢のブーツの靴音を響かせ、スマートかつスタイリッシュにおばあちゃんの脇を抜け、ウインク一閃。
お巡りさんには「ご苦労様です、ポリスメン!」と、快活に敬礼しその労をねぎらう。
そして口笛をヒューと鳴らしてクールに電車内に滑り込む…
ハズだった。
事もあろうにダッシュの一歩目、自慢のブーツの爪先がアスファルトに引っ掛かった。
しかもダッシュの勢いは死なず、猛烈に前傾姿勢になってしまった。
あっ…もうダメ…
いや!
オレはウルフ、バランスを取ればまだあの頃に戻れる…
あっ…
両手はポケットの中…
気がつくとアスファルトの上で腕立て伏せを披露している狼。
かけていた眼鏡は頭上に吹き飛び、髪は乱れていた。
倒れた背中に声が掛けられる。
「大丈夫?」
ポリスメンだった。
そそくさと起き上がり「大丈夫です」と自嘲気味に呟く。
倒れた場所にはボタンが2つ転がっていた。
手のひらに付いた砂利を祓うと薄く血が滲んでいて泣きたくなった。
手負いの狼がホームに立つと電車はもう行ってしまったようだった。
寒い。
当たり前だった。
最初から薄着の上、ジャケットにはボタンが最下段の1つしか付いていず、ほとんど全開なのだから。
ポケットの中で痺れた指先が、本体からちぎれ飛んだ部品を弄ぶ。
その時のボタン、送ります。
母さん、また春に会いましょう。
アォーーーーン

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